あれから6年
2008年6月15日
40分間行列し、もみくちゃになって鑑賞、人に押されつつ前へ進む。昨日みたいなことは、普段絶対にしない私である。
渋谷パルコに到着したのは、午後3時すぎだった。さらにパルコの中で迷い、なぜか本屋さんに着いてしまってとりあえず雑誌や話題書コーナーをざっと流し、隣のロゴスギャラリーで「三谷幸喜のマジックの種」を堪能して喜び、と脱線しまくり、本来の目的地であるパート1の6階に着いたのは、午後3時50分。「ナンシー関 大ハンコ展 見た!彫った!書いた!39年の人生と全仕事」の入り口からは、階段をつたって3階まで人波が続いていた。
迷うことなく並んだ。だって15日で終わってしまうのだ。なぜこんな大事なイベントに、もっと早く気づかなかったのか。いや、ギリギリで間に合ってラッキーだったと言うべきなのかもしれない。
学生時代、バイト中の手持ち無沙汰にそのへんに転がっていた消しゴムを彫ってはんこにし、意外とうまくできたため、バイト先の面々に「ナンシー」と呼ばれるようになったことが、「錦小路ナンシー」というペンネームの一番最初のきっかけだ。当時ナンシー関さんはすでに大活躍中で、私はおもに描画センスへの自信のなさから、人の似顔絵を彫ることなど思いもつかず、ひたすら字を彫っていた。まずは「urgent」「received」などのお仕事用語はんこ、次は、名前を彫り込んだはんこ。バイト先の消しゴムを相当消費して、彫っては人にあげていた。
社会人になって、ひょんなことから絵のお仕事をいただくことになり、その絵に添える落款を消しゴムはんこで作ることを思いつき、はんこ熱が復活。それでも、似顔絵のはんこはほとんど彫らなかった。おもに動物+名前で、プレゼント用がほとんど。手元にはあまり残っていない。とにかくせっかく作ったはんこは使ってほしい、という思いが強かった。だから名前印を次から次へと考えた。
絵のお仕事で使うペンネームを考えていたとき、その候補のひとつを取り上げ、「似顔絵コラムニストの錦小路ナンシー」と、決定済み事項として世界に宣言してくれたのが2006年バレンタインのM日記だった。肩書きも、Mさんの書いてくれた通りにした。
もう少しでも深く考えていれば、あれほどみんなに愛され、足跡偉大な先達のある「ナンシー」を名乗ることなどできなかったはずだ。でも、ナンシーになったおかげで、ナンシー関さんのことをもっとよく知りたいと思い始めた。以前から版画はもちろんコラムもすごく好きだったけれど、立派な装丁の重たい版画集を2冊も買い込んで、作品をたくさんたくさん見て読んで、もっともっと好きになった。踏ん切りがつかない私を尻目に、重厚なペンネームを勢いよく発表してくれたMさんに、本当に感謝している。
ちょびちょび階段を進んで行列している間、そんなことを考えていた。ようやく会場に入れた午後4時半すぎ、名前の重たさをますます思い知ることになる。
ぎゅうぎゅうの人で不快指数は本来2400%ぐらいだったが、それはそれは楽しい展示。見ている人がみんな真剣で、ひとつひとつを逃すものかと味わっているから、会場内でもなかなか前へ進めない。線のすばらしさから添えられたひと言のおかしみから何から、夢中で見入った。熱すぎる織田裕二も、回答者のパネル選びに疑問を差し挟まずにはいられない児玉清も、ナンシー関さんがとっくに彫っていたと知った。
どんだけ慧眼なんだ。
今年は、ナンシー関さんの7回忌にあたる。
こういうところはこうやって彫るのかあ、とか、背景こんなふうにすればいいんだ、とか、個人的には技術面でも大変参考になった。テレビ画面に紙を押し付けてトレースした、というエピソードには驚いた。ジャイアント馬場さんが足を組んで椅子に座っている大型版画の、シンプルでオシャレな構図には打ちのめされた。
入り口に飾られていた、はんことカッターを手にするナンシー関さんの写真もすごくよかった。ふんわりして、ものすごーくかわいい笑顔なのだ。あんな写真、一生に一度でいいから自分も撮れてほしい、と、写真うつりに多くの問題を抱える身として悶絶した。
しばらくなんのはんこも彫っていなかったので、むくむくやる気がみなぎった。影響されやすい性格なのだ。おこがましい気もしたが、あのかわいい笑顔にどうしようもなく魅かれて、始めてしまった。
光背みたいな背景を初めて彫ってみたので、ちょっとそのあたりが思ったようになりませんでした。でも楽しく彫れました。やっぱり消しゴムはんこはいいなと思いました。ぺたりと押してはがした紙に、うまく色が乗ったときの感激といったらあなた。
すばらしい「大ハンコ展」でした。でも、もっと広い会場でやってくれ! できたら押し合いへし合いせずに、ゆっくりひとつひとつ鑑賞したい。その価値がある作品群でした。熱気がこもって倒れちゃいそうだったぞ!
そしてできれば毎年やってほしいなあ。行列に驚いてあきらめていた人、たくさんいたので。
この会のために集められた、ナンシー関さんと親しい方々のメッセージも、あたたかさに満ちたすばらしいものばかりでした。愛される辛口。私の一生のテーマです。
渋谷パルコに到着したのは、午後3時すぎだった。さらにパルコの中で迷い、なぜか本屋さんに着いてしまってとりあえず雑誌や話題書コーナーをざっと流し、隣のロゴスギャラリーで「三谷幸喜のマジックの種」を堪能して喜び、と脱線しまくり、本来の目的地であるパート1の6階に着いたのは、午後3時50分。「ナンシー関 大ハンコ展 見た!彫った!書いた!39年の人生と全仕事」の入り口からは、階段をつたって3階まで人波が続いていた。
迷うことなく並んだ。だって15日で終わってしまうのだ。なぜこんな大事なイベントに、もっと早く気づかなかったのか。いや、ギリギリで間に合ってラッキーだったと言うべきなのかもしれない。
学生時代、バイト中の手持ち無沙汰にそのへんに転がっていた消しゴムを彫ってはんこにし、意外とうまくできたため、バイト先の面々に「ナンシー」と呼ばれるようになったことが、「錦小路ナンシー」というペンネームの一番最初のきっかけだ。当時ナンシー関さんはすでに大活躍中で、私はおもに描画センスへの自信のなさから、人の似顔絵を彫ることなど思いもつかず、ひたすら字を彫っていた。まずは「urgent」「received」などのお仕事用語はんこ、次は、名前を彫り込んだはんこ。バイト先の消しゴムを相当消費して、彫っては人にあげていた。
社会人になって、ひょんなことから絵のお仕事をいただくことになり、その絵に添える落款を消しゴムはんこで作ることを思いつき、はんこ熱が復活。それでも、似顔絵のはんこはほとんど彫らなかった。おもに動物+名前で、プレゼント用がほとんど。手元にはあまり残っていない。とにかくせっかく作ったはんこは使ってほしい、という思いが強かった。だから名前印を次から次へと考えた。
絵のお仕事で使うペンネームを考えていたとき、その候補のひとつを取り上げ、「似顔絵コラムニストの錦小路ナンシー」と、決定済み事項として世界に宣言してくれたのが2006年バレンタインのM日記だった。肩書きも、Mさんの書いてくれた通りにした。
もう少しでも深く考えていれば、あれほどみんなに愛され、足跡偉大な先達のある「ナンシー」を名乗ることなどできなかったはずだ。でも、ナンシーになったおかげで、ナンシー関さんのことをもっとよく知りたいと思い始めた。以前から版画はもちろんコラムもすごく好きだったけれど、立派な装丁の重たい版画集を2冊も買い込んで、作品をたくさんたくさん見て読んで、もっともっと好きになった。踏ん切りがつかない私を尻目に、重厚なペンネームを勢いよく発表してくれたMさんに、本当に感謝している。
ちょびちょび階段を進んで行列している間、そんなことを考えていた。ようやく会場に入れた午後4時半すぎ、名前の重たさをますます思い知ることになる。
ぎゅうぎゅうの人で不快指数は本来2400%ぐらいだったが、それはそれは楽しい展示。見ている人がみんな真剣で、ひとつひとつを逃すものかと味わっているから、会場内でもなかなか前へ進めない。線のすばらしさから添えられたひと言のおかしみから何から、夢中で見入った。熱すぎる織田裕二も、回答者のパネル選びに疑問を差し挟まずにはいられない児玉清も、ナンシー関さんがとっくに彫っていたと知った。
どんだけ慧眼なんだ。
今年は、ナンシー関さんの7回忌にあたる。
こういうところはこうやって彫るのかあ、とか、背景こんなふうにすればいいんだ、とか、個人的には技術面でも大変参考になった。テレビ画面に紙を押し付けてトレースした、というエピソードには驚いた。ジャイアント馬場さんが足を組んで椅子に座っている大型版画の、シンプルでオシャレな構図には打ちのめされた。
入り口に飾られていた、はんことカッターを手にするナンシー関さんの写真もすごくよかった。ふんわりして、ものすごーくかわいい笑顔なのだ。あんな写真、一生に一度でいいから自分も撮れてほしい、と、写真うつりに多くの問題を抱える身として悶絶した。
しばらくなんのはんこも彫っていなかったので、むくむくやる気がみなぎった。影響されやすい性格なのだ。おこがましい気もしたが、あのかわいい笑顔にどうしようもなく魅かれて、始めてしまった。
すばらしい「大ハンコ展」でした。でも、もっと広い会場でやってくれ! できたら押し合いへし合いせずに、ゆっくりひとつひとつ鑑賞したい。その価値がある作品群でした。熱気がこもって倒れちゃいそうだったぞ!
そしてできれば毎年やってほしいなあ。行列に驚いてあきらめていた人、たくさんいたので。
この会のために集められた、ナンシー関さんと親しい方々のメッセージも、あたたかさに満ちたすばらしいものばかりでした。愛される辛口。私の一生のテーマです。










ハンコ職人&似顔絵コラムニスト・錦小路ナンシーの、理由なきハンコと理由なき反抗(?)の日々を綴ります。

マンモス稲子

東京在住の喰い倒れ会社員えとこによる、旨いもの探しと喰ったり呑んだり作ったりの日々。

きみ天

京都在住。猫二匹と暮らすひもの女。趣味はのんびり。禁酒宣言中!

私=Yさん=Yみち

ブッシュ大統領のストーキングを趣味とする主婦。翻訳の仕事をしています。