フガフガ・ラボ
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2001年12月18日、午前10時。私の愛犬でありフガフガのメインキャラクターであったスコッチテリアのボギーは死んでしまいました。尿毒症でした。このトピックはボギーの病気が発覚してからなくなるまでの6ヶ月間に、すこしづつ書き溜めてきたものです。腎臓病で死んでゆくペットが一頭でも減っていくことを願い、大急ぎでまとめました。もしかしたらこのトピックを読んでつらい思いをされる飼い主の方がいるかもしれません。とくに、今現在腎臓病のペットをもつ方には厳しい内容が含まれているかと思います。でも是非あきらめないで欲しいと思います。漢方やハーブ、そのほか腎臓病に効くといわれている療法はたくさんあります。それに早期に発見出来れば、十分な延命も期待できるのですから。
文と写真 フガフガM研究員 2002年1月
病気発覚 June 2001

の健康管理については人一倍気をつけてきたつもりだった。そんな私の大切なボギーが病気になってしまった。歯石をスケーリングしてもらおうとに病院に連れていった時、先生が血液検査をとりあえずしますと言ったのがすべての始まりだったと思う。はいはい、どうぞ・・・軽い気持ちだった私にとって、
「ちょっと状態が悪いですね」という先生の言葉は大きなショックだった。

まさか、こんなに元気なのに!?

「血液検査での数値が悪い」ので、投薬を始めると先生は深刻な顔をして私に言った。“状態が悪い”と漠然と言われても実感がわいてこなかった。その病院では「クッシング症候群」の疑いがある、膵臓に影がある、などなど、様々な病名らしきものを言われたが、結局のところ、おなかを開かないとわかりませんね、とニッコリ言われてしまった。主人も私も半信半疑になりながら、あまりの事態に真っ青になった。どちらかといえばリブの方が体が弱く、外耳炎がクセになっているし、アレルギーもある。今回病院に行ったのも、リブの外耳炎がひどくなったのがきっかけだった。ボギーは、ほんのついでに歯石を取ってもらおうかというぐらいの認識しかなかったのだ。リブを心配していた私たちにいきなり付きつけられたボギーの病気。本当に信じられない・・それしか考えられなかった。
(写真:入院7日目のボギー。点滴用のチューブが入ったままのためオレンジの包帯をしている。)

後日、ここの病院からは転院した。正直言って先生の説明に納得できなかったからだ。とても若く、まじめな女医さんではあったがやはり安心できなかった。実はこちらの病院は普段から通っていたD病院ではなかったのだ。普段行っていたD病院は、大変な人気病院で2時間待ちは当たり前。共働きの私たちには時間に余裕がないということもあるし、歯石を取るぐらいなら少しでも待ち時間の少ないM病院の方が良かった。結局もともと通っていたD病院で再検査。腎臓の疾患が発見された。腎臓の疾患といっても、この時点では「腎臓の機能自体が低くなり、それにより血中の毒素が尿で排出できず体内に残るため、様々な症状が出てきている」という漠然とした説明を受けただけだったと思う。

あぁ、バカだった!

なんて私はおろかだったのだろう。なぜもっと早くボギーの病気に気づいてやれなかったのだ!今考えてみれば、いくらでも病気のサインはあったじゃないか。何となく元気がないときもあったし、食欲がないときもあった。若いリブと比べ、「ボギーも年をとってきたなぁ」と大きな勘違いしてしまっていたのだ。



ペットオーナーのみなさん、年に二度、いや一度でいいですからあなたのペットに健康診断をうけさせてやって下さい。

ボギーだってもっと早い時期に、もっと頻繁に健康診断を受けさせていれば腎臓の機能がここまでダメージを受けなかったはず。私は激しく後悔しているのです。まさか、ボギーが生活習慣病にかかってしまうなんて、想像も出来なかったのです。フードだって長い時間をかけてベストなものをチョイスし(てきたつもりだったし)、人間が食べるようなものは絶対にあげないよう努力してきました。それでも、ボギーは病気にかかってしまったのです。それも致死病である腎臓病です。絶対に直りません。症状もほとんど手遅れになった時にしか現れません。それ故、腎臓は沈黙の臓器と呼ばれているのです。

病気発覚後の治療
August 2001

薬はすぐに始められた。後からわかったことだけれど、この薬は吸着剤と呼ばれるタイプの薬で、血中の毒素を大腸内で吸収し便として対外に排出するという画期的なものらしい。腎臓で血液を濾過する事が出来ないのであれば、大腸内で血中の毒素を吸収し、ウンチで出しちゃえ!という薬である。
しかしどうも効いている様子がない。というのも毎週せっせせっせと血液検査に通うのに、そのたびに数値が悪くなっていくのだ。もしかしたら、ものすごいスピードでボギーの腎臓は壊れていっているのかもしれない。

September 2001
投薬開始後一ヶ月。この写真が撮られた頃からボギーの多飲多尿傾向が激しくなってきた。とんでもない量の水を飲み、透明なオシッコを大量にする。食欲はあるが、毛艶が悪い。眠りを貪る。大好きな釣りもあまり楽しんでいる様子がないのだ。「腎臓病は発病したが最後、坂道を転がり落ちるように症状が進行する」。そんな文章を目にしたのはこの頃だ。

まったくその通りだった。目に見える形で病状が悪化してゆく。毎週の血液検査も、もうずいぶんなれてしまった。数値の上がり下がりにいちいち一喜一憂する事もいつの頃からかなくなった。とにかく快適に、苦痛なく生活させること・・。それだけを考え治療に励んだ。腎臓病に関して必死になって調べ始めたのもこの頃。また、腎臓病にかかってしまった原因として何があったのか、これからの食事療法の必要性などに関してもインターネットで毎日夜中まで調べた。肉中心の食事では、腎臓に負担をかける。よかれと思ってあげていた肉(とはいえ、肉だけあげていたということではない。もちろんメインはドッグフード、それに付け足す形で一割ほど肉を混ぜていた。)が実はボギーの身体に負担をかけていたなんて・・。(写真:日吉ダムで撮影。この頃から目に見えて元気がなくなった。それでもご主人様と一緒に釣りをしようとする律儀でまじめなボギー。)

October 2001
ボギーとの時間を有意義に使おうと、至る所に彼を連れ出すようになったのはこの頃からだ。ボギーの体調と相談しながら、大好きな河や海、公園などを散歩してまわった。それを文章化したものが、Walk like FUGAFUGAである。病気が進行しても散歩命のボギーは変わらなかった。猫を見れば追いかけようともするし、自分の何倍もある大きさの犬に吠えかかる。まったく元気な頃のボギーそのものなのに、何かが違う。時々震えるようになったのもこの頃。今までボギーが震えたところなど見たことがない。雪が大好きで、どんなに寒くても屋外の自分の小屋で寝るんだ!とがんばったぐらいの男の子だったのに・・
体温調節ができなくなってきているようだった。

(写真:京都御苑にて撮影。今見ると、ずいぶん痩せてきているのがわかる。もっともっとしっかりした顔だったのに、頬がこけたように見える)

最初の入院
November 2001


て・・・。現在(2001年11月28日)、私の愛犬ボギーは入院中だ。一週間に一回の通院を繰り返し、血液検査と投薬を続けていたのだが、突然激しく嘔吐したため病院にかつぎ込んだ。思った通り、即入院だった。これから毎日可能な限りの期間、静脈からの点滴を続けるという。このときBUNは160。正常値の4.8-31.4から比べると、とてつもない値だ。
先生は「入院して静脈から点滴を流すか、皮下点滴をし、薬を背中にしょって帰って治療を続けるか、どちらかになります」と言った。
すかさず、「どっちが効果的なんですか?」と質問する。先生は「静脈注射です」とキッパリ。
入院をお願いし、これからの治療方針の説明を聞く。

先生に、出来る限りの治療をしてやってくれとお願いした。お金はないが、そう言わないわけにはいかなかった。ボギーの事はどうしたってあきらめることが出来ないのだから。
頭をぺこぺこ下げて病院を出た。

ボギーを預け車まで歩く途中、突然ボギーが病気なのだという現実が再び目の前に迫ってきた。
なんとかクリスマスまでもってほしい。いや、年越ししてほしい。正月はいつものようにボギーとゆっくり寝正月したい。だからとにかくがんばってほしい。

この晩は一睡もできなかった。
(写真:入院中も散歩の時だけはご機嫌だった。名前を呼ぶと必ず耳をぴたっと下げる、かわいいヤツだった)

頑固なボギー。そこが一番好きだった。
先生が「ボギー君、絶対にオシッコしないんです。私たちではダメみたいです。」と言い、笑った。頑固なボギーは簡単に他人に心を許さない。飼い主である私たち以外の人間がリードを持って散歩させようとしても、1mmも動かない。そのため毎日朝晩二回、面接に通い病院の外に連れ出す。せっかく静脈から点滴し、尿の量を増やし毒素を体外に排出するという処置をしてもらっているのだ。一分一秒でも早くオシッコをさせてあげたい。そんな思いから、私たちの病院詣では続いた。
(写真:桂川で撮影。足が短い。)

退院

結局10日の入院だった。げっそりと痩せた。11キロあった体重が9キロになった。飼い主が困るほど頑固なボギーは病院でハンストをし、まったく食べ物を口にしなかった。朝晩と一日二回面会に通った私たちには機嫌の良い顔を見せるが、病院では相変わらずの暴君ぶりだと先生に笑われる。退院させ家に連れて帰ると、ボギーの為に私が作っておいた「ニセ洞窟」のなかに間髪いれずに入っていく(昔から狭くて暗い場所が好きなのだ)。落ち着
いて眠ることが出来ているようだ。相棒のリブはいつもならうるさくボギーにからむくせに、おとなしく見守っている。
(写真:ボギーはしっぽを滅多に下げなかった。この写真ではあきらかに元気がない。いつ見てもつらい写真だ)

再び入院

001年12月5日に退院してからたったの5日。ボギーの状態が想像していたよりもずっと速いスピードで悪くなっていく。再度入院を勧められるが、正直これ以上ボギーを入院させたくはなかったし、先生もボギーの精神的なダメージを心配して下さり「通院入院」という形での治療が続いていた。朝9時までにボギーを病院に連れていき、午後7時に迎えに行く。背中に点滴を一定量入れて帰宅するよりも効果的だからだ。

しかし静脈注射にも限界が来た。針が刺さらなくなったのだ。この日から、一日一回背中に点滴を打ち、薬を徐々に体内に吸収させるという方法に切り替わった。先生は、練習したら私たちも家での点滴(自宅捕液)が可能なので、がんばってくださいと言ってくれるけれど考えただけでぞっとした。

確実にボギーの状態は悪くなっている。ケージから出てこない。食欲がまったくない。オシッコには色がついていない。あれだけ好きだった散歩に出たがらない・・・
ついに11キロあった体重が8キロほどに減ってしまった。

もうなにもボギーにしてあげられることはなくなった。あとはなるべく食べてもらうこと、水を飲ませること、一緒に過ごしてあげること。これぐらいだ。

腎臓病はある程度漢方や民間療法で改善される(あるいは現状維持できる)場合があると聞けば片っ端からインターネットで検索し、利尿作用があるハーブやタンポポ茶を調べた。結局アスカさんのサイトでいくつかのハーブやビタミン剤を購入。とにかく「効いてくれよ」という思いで、片っ端から注文した。しかし宅配業者との連絡がうまく行かず、商品は発送されているのに受け取れない。イライラが続く。とにかく待った。玄関で今か今かと待った。待ちにまった小包が届いたその日、ボギーはついに歩けなくなった。

最後に
2001年12月18日、私の愛犬ボギーは死んだ。あっけない最後だった。もうずいぶんがんばったし、最後の日は家で過ごすことが出来たから、それでいいじゃないかと思っている。

小さい骨壺に入って帰ってきたボギー。至らない飼い主だった私を許してくれるだろうか。

今となってはいったい何が問題だったのかわからない。

フードか、それとも生活習慣か。一般的に犬の腎臓病は食事に原因があると言われている。肉中心のメニュー(栄養の過剰摂取)では病気になりやすいという話も聞く。本当のところ、何が原因でボギーは死んだのか、何が原因で腎臓病になったのか・・・これから納得のいくまで調べようと思っている。
(写真:なくなる4日前。彼の生まれ育った滋賀県のとある山に連れていったとき撮影。こんな表情をするボギーを私は見たことがなかった。ゆっくりと枯れ葉の上をあるくボギー。この場所にお別れをしていたのかもしれない。)

さいごまでよんでくれてありがとう